子どもの重い呼吸器感染症を引き起こすエンテロウイルスD68感染症の流行を下水サーベイランスを用いて早期に予測

本研究成果のポイント

  • 新潟市で行っている「下水サーベイランス」により、小児の重い呼吸器感染症を引き起こすエンテロウイルスD68の流行を、実際の患者増加より約5週間早く見つけることに成功した。
  • 下水中のウイルス量と入院患者数には明らかな相関が認められた。
  • 下水からは複数のウイルスの系統(種類)が見つかった一方、実際に子どもの患者から検出されたのは一つの系統(種類)のみであり、地域内で大人を含めた未受診・軽症者がいる可能性を捉えた。
  • 本研究成果により、将来的には、流行前における医療機関の体制整備、重症化リスクの高い子どもへの注意喚起が可能となり、子どもたちを感染症から守る新たな一歩となる。

新潟大学大学院医歯保健学研究科小児科学分野の齋藤昭彦教授、太刀川潤医師、羽深理恵特任助教らの研究グループは、東京大学大学院工学系研究科附属水環境工学研究センターの北島正章特任教授との共同研究で、新潟市で2024年より行っている「下水サーベイランス」により、小児の重い呼吸器感染症の原因であるエンテロウイルスD68(EV-D68)の流行を、実際の子どもの入院患者の増加より約5週間早く見つけることに成功しました。本研究は、下水サーベイランスが地域の感染症流行を早期に予測できる可能性を示したもので、今後の新しい感染症対策として期待されています。本研究は、医学と工学の専門家が協力して行った医工連携研究の成果で、欧州の感染症疫学の専門誌であるEurosurveillance (impact factor 7.8)に掲載されました。

Ⅰ.研究の背景

エンテロウイルスD68(EV-D68)は、子どもに喘鳴(ぜんめい、ぜーぜーする)や呼吸困難を伴う重い呼吸器感染症を引き起こすウイルスで、時に急性弛緩性麻痺(きゅうせいしかんせいまひ)など重い神経症状とも関連します。しかし、一般の医療現場では ルーチンに検査されることは少なく、流行を早期に把握することが極めて難しい感染症です。

Ⅱ.研究の概要・成果

本研究グループは2024年から、新潟市における下水サーベイランスを開始しました。新潟市内2か所の下水処理場で毎週下水を採取し、EV-D68の遺伝子を測定しました。その結果、2024年7月に下水中でEV-D68を初めて検出し、その後ウイルス量が増加しました。実際に小児の喘鳴を呈する入院患者数が増え始めたのは約5週間後の2024年8月以降であり、下水中のウイルス量と入院患者数には明らかな相関が認められました(図1)。

さらに、下水中のウイルスを細かく調べると、下水からは複数のウイルスの系統(種類)が見つかりましたが、実際に子どもの患者から検出されたのは一つのウイルスの系統(種類)のみでした。これは、症状が軽い、あるいは医療機関を受診していない大人を含めた感染者が地域内に存在していた可能性を示しています。下水サーベイランスは、症状の有無に関わらず地域全体の感染状況を把握できる点が大きな特徴です(図2)。

COVID-19流行以降、下水サーベイランスは新しい公衆衛生の手法として世界的に注目されていますが、国内ではまだ普及しておらず、実施されているのは、一部の地域に限られています。本研究は、日本国内でEV-D68流行を前向きに予測し、実際の臨床対応につなげた国内で初めての報告で、世界的にも大変価値のある報告です。研究チームでは、下水中でEV-D68の増加を確認した後に医療機関へ注意喚起を行い、EV-D68の検査を開始したことで、効率的にEV-D68感染患者を診断、治療することができました。

Ⅲ.今後の展開

この研究成果により、将来的には、流行前に医療機関が病床や検査体制の準備をしたり、重症化リスクの高い子どもへの注意喚起をしたりすることが可能となることが期待されます。また、この仕組みはEV-D68だけでなく、インフルエンザ、RSウイルス、新型コロナウイルスなど、さまざまな感染症への応用も期待されており、本研究室はその取り組みを継続的に行っております。
本研究は、地域の「見えない感染の広がり」を下水から読み解き、子どもたちを感染症から守る新たな一歩となる成果です。

Ⅴ.研究成果の公表

本研究成果は、2026年5月22日、Eurosurveillanceに掲載されました。
【論文タイトル】Prospective use of wastewater surveillance for early detection of enterovirus D68 in community outbreaks among children, Niigata City, Japan, 2024
【著者】Jun Tachikawa , Yuta Aizawa , Rie Habuka , Kotaro Tsushima , Nur Irma Safitri , Tatsuki Ikuse, Masaaki Kitajima, Akihiko Saitoh
【doi】https://doi.org/10.2807/1560-7917.ES.2026.31.20.2500779

Ⅵ.謝辞

研究にご協力いただいた新潟市中部下水処理場、新潟浄化センターの関係者の皆様、並びに新潟市内の協力医療機関の皆様に深く感謝申し上げます。
本研究は、文部科学省科研費基盤B(24K02418)支援を受けて行われました。

本件に関するお問い合わせ先

新潟大学大学院医歯保健学研究科小児科学分野
教授 齋藤 昭彦(さいとう あきひこ)
E-mail:asaitoh@med.niigata-u.ac.jp

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