新潟大学大学院医歯保健学研究科救急集中治療医学分野の川井洋輔医師、西山慶教授、京都大学総合解剖センターの竹林浩秀教授(研究当時:新潟大学医歯学総合研究科脳機能形態学分野教授)らの研究グループは、中枢神経系に存在するグリア細胞「ミクログリア」(注1)の正常な状態(恒常性)を維持するために、RNA制御因子であるDdx20(注2)が重要な役割を果たすことを明らかにしました。マウスを用いた実験により、ミクログリアのDdx20を欠損させるとミクログリアの形態や遺伝子発現が大きく変化し、その影響は加齢や損傷によりさらに顕著になることが示されました。本研究は、神経疾患におけるミクログリア機能異常の理解と新たな治療戦略の開発に貢献することが期待されます。本研究成果は、2026年3月19日に Experimental Neurology誌で公開されました。
本研究成果のポイント
- ミクログリアの恒常性維持にRNA制御因子Ddx20が必須であることを発見。
- Ddx20欠損によりミクログリアの形態異常と機能関連遺伝子の低下を確認。その影響は加齢や脊髄損傷で増強されることが明らかになった。
- 神経変性疾患や外傷後病態の新たな理解につながる成果である。
Ⅰ.研究の背景
ミクログリアは脳や脊髄に存在する免疫細胞であり、神経回路の維持や損傷応答など多様な役割を担っています。これらの機能を適切に発揮するためには、ミクログリアが恒常性を保つことが重要ですが、その分子機構は十分に解明されていませんでした。RNAヘリカーゼ(注3)ファミリーに属するDdx20はRNAの転写・翻訳・分解などを調節する分子で、神経系細胞の生存や機能に関与することが知られていましたが、ミクログリアにおける役割は不明でした。
Ⅱ.研究の概要
本研究では、ミクログリア特異的にDdx20を欠損させたマウスを作製し、その影響を解析しました。さらに、脊髄損傷モデルおよび加齢条件下での変化も評価し、組織学的解析(注4)、遺伝子発現解析(注5)などを用いて、ミクログリアの形態および機能変化を詳細に検討しました。
Ⅲ.研究の成果
Ddx20を欠損したミクログリアでは、細胞突起の減少や肥大などの形態異常、ミクログリアの恒常性維持や免疫監視に関わる遺伝子群の広範な低下を認め、これらの変化は加齢や脊髄損傷後にさらに顕著となり(図参照)、これにより、Ddx20がミクログリアの恒常性維持と環境変化の反応における中核的分子であることが明らかになりました。
Ⅳ.今後の展開
本研究成果は、ミクログリア機能異常が関与する神経変性疾患(アルツハイマー病、パーキンソン病など)や精神疾患(統合失調症や自閉症など)、神経損傷、神経障害性疼痛(注6)、せん妄(注7)などの病態理解に新たな視点を提供します。今後は、Ddx20のようにミクログリアのRNAを調節する因子を標的とした治療戦略の開発や、ヒト疾患における役割の解明が期待されます。

Ⅴ.研究成果の公表
本研究成果は、2026年3月19日、科学誌「Experimental Neurology」のオンライン版に先行掲載されました。
【論文タイトル】Ddx20, DEAD-box helicase 20 is essential for maintaining microglial homeostasis
【著者】Yosuke Kawai, Norihisa Bizen, Kei Nishiyama, Hirohide Takebayashi
【doi】10.1016/j.expneurol.2026.115743
Ⅵ.謝辞
本研究は、文部科学省科学研究費助成事業(23K19629、20K07241、23K06300、25117007)、令和7年度新潟大学医学部 塚田医学奨学助成金などの支援を受けて行われました。
用語解説
(注1)ミクログリア
ミクログリアは脳や脊髄に存在する免疫反応にも関わるグリア細胞で、「脳の掃除役」として働きます。通常は神経の状態を監視していますが、病気やけがの際には活性化し、傷ついた細胞や異常タンパク質を除去したり、炎症反応にも関わります。神経疾患に深く関与し、治療標的として注目されています。
(注2)Ddx20 (DEAD box helicase 20)
Ddx20はRNAの構造を変化させるDEAD ボックス RNAヘリカーゼの一つで、Gemin3やDP103とも呼ばれます。SMN (Survival Motor Neuron)タンパクと複合体を形成してRNAスプライシング(イントロンの除去)を制御するほか、さまざまな分子と結合してRNA輸送や遺伝子発現、タンパク質の翻訳にも関与する多機能タンパク質です。
(注3)RNAヘリカーゼ
RNAヘリカーゼは、RNAのヘリックス(らせん)構造などの高次構造を解消する機能を持つ酵素です。DEADボックス RNAヘリカーゼは、活性部位にアスパラギン酸-グルタミン酸-アラニン-アスパラギン酸(D-E-A-D)から成る保存された配列モチーフを持つことが特徴です。RNAの高次構造をATP依存的にほどくRNAヘリカーゼのファミリーであり、ヒトRNAのヘリカーゼにおいて最も大きなファミリーを構成します。
(注4)組織学的解析
生体から採取した組織や細胞を顕微鏡で観察し、細胞の形や構造、タンパク質や遺伝子の発現などを調べる解析手法です。
(注5)遺伝子発現解析
遺伝子発現解析は、細胞や組織でどの遺伝子がどの程度ゲノムDNAからRNAが合成されているかを調べる手法、主にメッセンジャーRNA(mRNA)の量を測定します。細胞の状態や疾患の理解、創薬にも重要で、定量PCRやRNAシークエンスなどの手法が広く用いられています。
(注6)神経障害性疼痛
神経障害性疼痛は、体性感覚神経系の病変や疾患により生じる疼痛と定義され、単一疾患ではなく多様な病態に共通する痛みの機序とされます。近年、ミクログリアの活性化や炎症性因子の放出が疼痛の発症・維持に関与することが示されています。
(注7)せん妄
せん妄は、身体的異常や薬物などを契機に急性に発症する意識障害(意識変容)を本態とし、認知機能障害や幻覚・妄想、気分変動など多様な精神症状を呈する病態です。近年、ミクログリアの活性化による神経炎症が、その発症や増悪に関与することが示唆されています。
本件に関するお問い合わせ先
【研究に関すること】
新潟大学大学医歯保健学研究科
救急集中治療医学分野
川井 洋輔(かわい ようすけ)
E-mail:yokawai-nii@umin.ac.jp
【広報担当者】
新潟大学医歯学系総務課
E-mail:shomu@med.niigata-u.ac.jp